1.はじめに
宮城県東南端に位置する亘理地域(亘理町、山元町)は仙台市の南に位置し、南は福島県に接している。また、東は太平洋に面し、西は阿武隈山系に長く連なっている。気象条件は夏には涼しい海洋性気候、冬は温暖で降雪量も少なく比較的日射量が多い。年間降水量1,230mm、年平均気温11.6℃と県内では最も温暖な地域で施設園芸作物には適した気候である。このような条件を生かし、イチゴでは東北最大の産地を形成している。この地域でのイチゴ栽培面積は100ha、栽培者数は450人ほどで年間4,000tを地元仙台や北海道へ出荷している。
亘理地域でのイチゴ栽培は昭和20年代から始まり、昭和30年代にパイプハウスの普及が進み「ダナー」の株冷栽培から施設を利用した本格的なイチゴ栽培が始まっている。その後は「麗紅」「女峰」などの品種導入がなされ、現在は「とちおとめ」「さちのか」の2品種が主流となっている。
▲四方山から吉田方面を望む
2.亘理地域の天敵利用の取り組み
亘理地域のイチゴ栽培は夜冷短日処理により作型が大きく前進化し、早い作型で9月に定植し、11月から翌年6月までの収穫期間となっている。このような栽培体系の中でイチゴの収量を落とさないために防除対象となる重要な害虫はハダニである。寒冷地といわれる東北でもハダニ防除は重要な課題である。「ダニが薬剤防除だけではおさまらないんだけど、なんとかならないか」という相談が農家から普及センターに寄せられたのが平成7年頃であった。薬剤抵抗性の発達とダニ剤のローテーションが現地の課題となっていた。ちょうどその時天敵を利用した防除を試験場から紹介され、取り組んだのがチリカブリダニを利用したハダニ防除であった。
当時は放飼のタイミングや、防除の判断が難しかったため、試験場担当者と普及員とが天敵(チリカブリダニ)放飼後何度もその農家に通い、虫の観察や、状況に応じた適正な薬剤散布について一緒に検討し、最終的な防除の判断は農家自身が行なえるようにした。4,5年にわたって試行錯誤を繰り返し、その農家は天敵を利用した防除のコツをつかんできた。これまではハダニの発生があると直ちに薬剤防除を行なっていたが、ある程度の天敵が定着すると薬剤散布をしなくともハダニの発生が抑えられることがわかり、防除体系と薬剤ローテーションにも余裕を持つことができるようになった。天敵導入前は圃場のあちこちにハダニによる蜘蛛の巣を張ったようにしてイチゴのシーズンを終えていたが、天敵によってハダニの密度を低く抑えながら、最後までイチゴの収穫を続けることができるようになった。カブリダニを利用したイチゴのハダニ防除法は防除回数を減らすことができ、水稲の育苗などで忙しい時期もハダニの暴発を抑えることができることから、生産者からは防除の一手段として注目を集めている。チリカブリダニを使った防除は一部の農家では定着しつつあるが放飼のタイミングがつかみにくいことが普及上の課題となっている。
無処理 |
面積(a) |
栽培方式 |
夜温設定(度) |
主要観察事項 |
圃場A |
15 |
養液高設
ベンチ |
10℃~12℃ |
高設ベンチにおけるカブリダニ天敵のハダニ密度抑制効果 |
圃場B |
30 |
土耕 |
10℃ |
初期ハダニ密度がやや多い場合のカブリダニ天敵の増加とハダニ密度抑制効果 |
▲第1表 現地試験の区分
▲栽培現地での天敵放飼風景
3.ミヤコカブリダニを利用したハダニ防除事例
平成16年には県農業・園芸総合研究所においてミヤコカブリダニのイチゴにおける防除効果が確認され、ハダニ発生前に予防的に散布できることなど普及上のメリットがあったことから17年産イチゴにおいて2種のカブリダニ天敵を利用した現地試験を実施した。ここでは2ヵ所の現地試験の概要を紹介する。栽培品種はどちらも「とちおとめ」である。ミヤコカブリダニはイチゴの頂花房開花期にあたる平成16年10月下旬に各棟に10a当り約6,000個体相当量をおがくずごと植物体上に放飼した。また、ハダニ密度に応じてチリカブリダニをそれぞれ追加放飼した。調査は放飼後約1か月間隔に,各棟のあらかじめ決めておいたイチゴ1株の葉に寄生するハダニ数とカブリダニ数を計数した。さらに天敵放飼後から平成17年6月までの収穫期間の防除内容について聞き取り調査を行なった。(写真1、概要は第1表、第1図は圃場A,第2図は圃場B)
圃場Aは比較的防除がうまくいった事例である。これまで高設ベンチ栽培において天敵は定着しにくいという報告もあったが、今回の試験では高設ベンチ栽培であっても天敵の定着がスムーズであった。この生産者は初めて天敵防除に取り組んだが、積極的な観察を行ない、自分自身が害虫発生や天敵の増加を確認したこと、放飼時にハダニの発生が全く見えない状態で天敵を導入したこと、などから天敵の世代交代による定着を待つことができ、さらに農薬散布を控えられたことが定着成功の要因となっていると考えられる。
圃場Bは一部ハダニの発生している場所があったがそのまま天敵を放飼している。放飼後2週間して天敵に影響の少ない剤ではあるがハダニ防除を行なった。11月下旬にはわずかに天敵の定着が確認されているがネオニコチノイド系薬剤を一度使用している。この防除の天敵への影響は大きく天敵の密度が再度安定するまでに放飼後約2ヵ月かかった。天敵はハダニが多かったことから春先の増加は早かったが、最終的な天敵の定着密度は低かった。ハダニ防除回数は1回で、これまでより少なく抑えることができたがその他の害虫であるオンシツコナジラミやスリップス類の発生が多かったため殺虫剤による防除回数は6回になった。
以上のことから,現地イチゴ栽培におけるミヤコカブリダニによるハダニ防除は初期のダニ密度が低い状態(極端に言えばハダニがいない場合)で放飼したほうが定着は良いこと、放飼直後の殺虫剤散布は天敵の定着を遅れさせてしまい、その後の効果が持続しにくいことがわかった。また、チリカブリダニと比較し、ミヤコカブリダニは予防散布的な効果が期待できることから現地への普及の可能性は高いと思われた。
▲第1図 圃場Aの調査結果(天敵導入後の化学薬剤使用回数;殺虫剤3回(うちダニ剤1回)、殺菌剤1回)
▲第2図 圃場Bの調査結果(天敵導入後の化学薬剤使用回数;殺虫剤6回(うちダニ剤1回)、殺菌剤1回)
4.まとめ
2種類のカブリダニ製剤の利用は徐々にではあるが確実に普及しつつある。亘理地域のイチゴでの利用面積は平成15年32戸622a、16年は42戸1,023aとなっている。特にミヤコカブリダニはハダニのいない圃場でも定着し、低温にも強いことから取り組みやすく、効果が期待できる。今後は天敵製剤の特性、使用方法などを周知した上で普及をはかっていきたい。更に天敵を利用するメリットを最大に生かし、使用者と実需者の安全性をアピールできる販売体制づくりに地元農協とともに取り組んでいきたいと考えている。
天敵利用前はダニの防除は一刻を争う薬剤情報が必要で、生産農家は深刻な顔で相談に来ていたのだが、最近になって天敵防除を行なっている農家とは「ダニ防除はもう少し待ってみっか。」と余裕の笑顔で話ができることが多くなった。
▲ナミハダニを襲うミヤコカブリダニと
ミヤコカブリダニの卵 |
▲ハダニの大量発生で蜘蛛の巣状なっている
イチゴの葉 |
(宮城県亘理農業改良普及センター)
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