はじめに
埼玉県吉見町において、スパイデックス(チリカブリダニ)およびスパイカル(ミヤコカブリダニ)を利用したイチゴのハダニ対策について検討した。
ハダニの発生状況やハウスの構造、保温様式の違いなどを考慮して、45圃場に調査区を設けた。放飼は当地域の厳寒期にあたる2004年1月15日から1週間(一部2週間)おきに3回行ない、1回の放飼頭数は10a当り2,000~10,000頭とした。2月5日から約2週間ごとに、ハダニ発生密度指数※(%)とカブリダニの頭数を調査した。また保温様式の異なる代表5圃場において、1月15日から5月6日までイチゴ草冠内の温湿度を測定した。以下に特徴的な結果について紹介する。
※ハダニ発生密度指数=(4A+3B+2C+D)/(4×調査株数)×100(株当り頭数 A:100<、B:26~100、C:6~25、D:1~5)。
1.温湿度条件とカブリダニ
当地域のイチゴ栽培で、カブリダニの利用が極めて少ない理由のひとつに、生産環境の問題があった。
生産者の多くは、単棟のパイプハウスで、厳寒期には小トンネルを被覆し夜間の寒さをしのいでいる。カブリダニの活動可能な温度が最低12℃、最高がスパイデックス30℃、スパイカル35℃ということや、湿度を50%以上確保しなければならないといった情報が、導入をためらう理由になっていた。
第1図に試験期間中の単棟パイプハウス(小トンネル被覆)の温湿度の推移を示した。
平均湿度は測定期間中を通じて50%以上を確保できたが、最低気温は2月中旬までマイナスで推移し、測定終了まで12℃を確保することはなかった。一方、最高気温は測定当初から30℃を超え、4月4半旬には45℃近くを記録した。平均気温は10~20℃の範囲内で推移した。寒暖差が激しく、全体的には低温で推移するこのようなハウスで、カブリダニを巧く使えると思う方が、無理であるかもしれない。
しかし驚いたことに、このような環境下でもスパイデックスおよびスパイカルはイチゴに定着し増殖することが確認できた(第2図)。
第2図の圃場は、年内からハダニが多発していたため、スパイデックスとスパイカルをそれぞれ10,000頭/回/10a×3回放飼した。カブリダニはもっとも寒い放飼1ヵ月の間に増加傾向を示した。3月4日にハダニおよびスパイデックスの頭数が減少しているが、ミルベメクチン水和剤を使用した影響と思われた。
捕食対象であるハダニがいれば、厳寒期でもガフリダニは定着するという事実は、私たちに大きな自信を与えてくれた。
一方、この事例とは逆に、放飼後1ヵ月間の最低温度を5℃前後に維持できた加温ハウスでは、まったくカブリダニが定着しなかった。このハウスでは、調査期間を通じてハダニの発生が認められなかった。
▲第1図 単棟パイプハウス(小トンネル被覆)の温湿度の推移
▲第2図 スパイデックス10,000頭+スパイカル10,000頭×3回放飼
2.ハダニ発生密度指数とカブリダニ
ハダニがいなければカブリダニが働かないとなると、生産者の理解はまたまた得られにくくなる。本来、ハダニがいない環境を作りたいのに、ハダニを生存させながらイチゴを管理するという矛盾は確かに理解できないことだ。
ところで本試験では、イチゴへのカブリダニの定着の様子が、スパイデックスとスパイカルで異なっており、後者の方が、より生産者にとって利用しやすいカブリダニであることが確認できた。
(1)スパイデックスの場合
周知のとおり、スパイデックスはハダニのみをエサとして捕食する天敵である。したがって、先にも述べたが、ハダニが発生していない条件下では、どの試験区でもイチゴへの定着はまったく認められなかった。長期間ハダニが発生せず、春になって圃場にハダニが侵入してきた時には、すでにスパイデックスは死滅してしまったのか、生存すら確認できなかった(第3図)。
またハダニがいても、その発生密度指数が20%以下では定着が認められない試験区がほとんどであった(第4図)。放飼当初からしたスパイデックスがイチゴに定着し順調に増殖した試験区は、ハダニ発生密度指数が20%前後に維持された場合で(第5図)、40%を超えるとイチゴの生育が抑制され、農薬の散布を必要とした。
スパイデックスの利用にあたっては、放飼前にハダニの発生が認められた場合、一度、殺ダニ剤でハダニの密度を下げてから放飼した方が良いとされている。しかし今回の試験結果から見ると、ハダニの密度を下げすぎることは、放飼後のスパイデックスの定着にとって必ずしもプラスに働かないことが示唆された。
こうしたハダニの密度コントロールを生産現場で実施することは非常に難しいことであり、スパイデックスの普及の足かせになっている要因と思われた。
(2)スパイカルの場合
一方スパイカルは、花粉やホコリダニ類等をエサにすることができ、その食性の広さに由来すると思われるが、スパイデックスとは異なる定着パターンを示した。
当然、イチゴの生育期間を通じてハダニが発生しなければ、スパイカルの定着は認められない。しかし長期間ハダニが発生せず、春になって圃場にハダニが侵入してきた場合は、そのハダニの発生箇所に、必ずといってよいほどスパイカルの定着が確認できた(第6図)。
またハダニ発生密度指数との関係では、数%から20%の範囲内でも、イチゴに定着し増殖することが確認できた(第4図、第6図)。
特に、平ベッドで「イチゴまくら」の代わりに敷きワラをした場合、スパイカルは圃場全体に分布域を広げて、ハダニの発生を待ち受けていたかのように、イチゴに定着していった。敷きワラから発生するコナダニなどがエサとして、スパイカルの生存を支えていた可能性がうかがえた。
このようにスパイカルは、その食性の広さから、生存期間も長く、ハダニの発生前に放飼しておいても、イチゴに定着して活動することが容易であった。したがって、生産現場では細かい観察や密度コントロールを要しない分、利用しやすいカブリダニとして評価できた。
▲ミヤコカブリダニが大発生したイチゴ圃場
▲第3図 スパイデックス3,500頭×3回放飼
▲第4図 スパイデックス3,000頭+スパイカル3,000頭×3回放飼
▲第5図 スパイデックス2,000頭×3回放飼
▲第6図 スパイカル3,500頭×3回放飼
3.今後の課題
今回の試験結果では、スパイデックスと比較してスパイカルの方が、生産者に利用しやすい天敵として、普及が期待できるように思われた。
今後はより効果的な放飼時期、放飼頭数、増殖に資する生産環境等を現地で検討し、その実用性をさらに高めるとともに、ミカンキイロアザミウマやアブラムシ類も含めたIPMを組み立てていく必要がある。
(埼玉県東松山農林振興センター) |