テンサイの主要病害虫に対する地上液剤少量散布
農薬ガイドNo.106/A(2003.8.30) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:清水 基滋
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はじめに

 畑作物に対する殺菌剤や殺虫剤の施用法は液剤散布が一般的であり、特にわが国では地上液剤多量散布が主流となっている(第1表、2表)。しかし、多量の液剤を散布することは、労力や時間のかかる作業である。たとえば、北海道東部のような大規模畑作経営では、散布作業時間が長大化し、単一作物の薬剤散布が一日で終了しない場合もめずらしくない。このため、適期防除が困難な状況をも生じており、散布水量の減量化は畑作地帯において重要な課題である。
 少量散布は、多量散布に比べると面積当りの散布作業時間は変わらないが、水の補給時間と圃場から水補給場所までの移動回数が少なくなり、この分だけ作業能率は向上する。このため、畑作物に対する少量散布技術は、北海道で1980年代から先駆的に検討されてきたが、農薬登録の目処が立たず実用化に至っていなかった。しかし本2003年、北海道での主要畑作物の一つであるテンサイに対し、一部の殺菌剤および殺虫剤が少量散布用として登録され、畑作物病害虫防除に対しても少量散布の実用化が始まる。ここでは、少量散布のテンサイに対する薬液付着特性と主要病害虫の防除効果について述べる。

区分 散布量
(㍑/10a)
多量散布
少量散布
微量散布
50以上
0.6~50
0.6以下
「農薬散布技術」より

▲第1表 液剤散布における散布量の分類

区分 散布量
(㍑/10a)
イ ネ 初期
イ ネ 後期
畑作物
果 樹
70~100
140~180
100~300
300~800
「農薬散布技術」より

▲第2表 わが国における地上散布の慣行散布量

テンサイ葉面への付着特性

 テンサイへ蛍光剤の水溶液をトラクタマウントスプレーヤを用いて散布し、噴霧液の付着状況を観察した。中空円錐型2頭口ノズル(第1図)による100L/10a散布(以下、慣行散布)による薬液の付着部分は、細かい噴霧粒子が面状に重なり合い、一部重合して葉のくぼみへの滞留や葉脈への流れ込みが見られる(写真1)。一方、少量散布用扇型ノズルによる25L/10a散布(以下、少量散布)では、比較的粗い粒子が粗に分布する付着状況となる(写真2)。銅水和剤を水平に設置したテンサイの葉に散布し、葉面に付着したCuの分析結果によると、同一濃度薬液散布では、少量散布による単位面積当り付着有効成分量は慣行散布の45%であった。散布水量比以上に少量散布の付着量が多いのは、少量散布では噴霧粒子が葉面に到達してそのまま付着する効率が高いのに対し、慣行散布では過剰付着による流れ落ちや、噴霧粒子径が細かいことによる空気中への損失やドリフトが多いものと考えられる。このため、この実験では慣行散布の4倍濃度薬液で25L/10a少量散布を行なった場合、薬液付着面における単位面積当り付着有効成分量は、単純計算で慣行散布の1.8倍となった。


第1図 ノズルのタイプと噴霧パターン


▲写真1 テンサイ葉面に対する蛍光剤水溶液付着状況
(100㍑/10a散布:中空円錐型2頭口ノズル)


▲写真2 テンサイ葉面に対する蛍光剤水溶液付着状況
(25㍑/10a散布:高圧少量散布用扇型ノズル)

圃場におけるテンサイ個体への付着特性

 圃場における蛍光剤水溶液の付着面積率(第2図)を、テンサイ各個体の上位葉、中位葉、下位葉に分けて調べた。葉のおもて面に対する薬液付着面積率は、慣行散布および少量散布とも中位葉がもっとも高く、これに対し下位葉の付着面積率はやや低下し、中位葉の60~70%であった(第3図)。一方、上位葉の付着面積率は、慣行散布では中位葉の80%の付着が認められたのに対し、少量散布では45%と極端に少なかった。少量散布と慣行散布の薬液付着面積率の差を葉位別に比較すると、各葉位とも少量散布の方が慣行散布に比べて少なく、下位葉から上位葉にゆくにしたがい、その差は大きくなる傾向にあった。
一方、裏面に対する散布液付着面積率は、両散布法ともおもて面に比較して少なく、特に下位葉では散布液の付着は極めて少なかった。少量散布と慣行散布の薬液付着面積率の差を葉位別に比較すると、中位葉以下では両散布方法とも、その差は大きくなかったが、上位葉では少量散布の方が薬液付着面積率は少なかった。
テンサイは、葉身が根際から仰角10~90°までの範囲で順次傾斜しながら重なり合っている(第4図)。したがって、上位葉は完全展開前の葉が中心部分に垂直に近い葉面角度をもって輪生しており、この部分で薬液付着が少なくなるのは、葉身の垂直投影面積が狭くなるためと考えられる。このことは人為的に葉の仰角を固定して蛍光剤を散布した模擬試験でも確認しているが、特に少量散布では薬液の付着面積が少なくなる傾向が強く、噴霧方向と水平に対峙した葉面では薬液の付着が極端に少なくなる傾向にあった。これは使用した少量散布用ノズルが、面状の一定方向への噴霧パターンであることが一因として考えられる。これに対して慣行散布に使用したノズルは、円錐放射状の噴霧パターンが2方向に向いており、様々な角度の葉面に対して対応が可能で、さらに噴霧粒子径の大きさの違いによる浮遊粒子の有無など、噴霧特性の違いが、上位葉での付着面積率に影響を及ぼしたものと考えている。
 また、テンサイの葉は水稲や小麦などと比較すると葉身が大きいため、散布時における葉の揺動が少ないことから、慣行散布でも葉の裏面や上葉の陰に対しては薬液が付着しにくく、十分な付着面積率が得られない。さらに少量散布では、使用するノズルの関係上、噴霧粒子径が慣行散布より大きいことから、噴霧粒子が浮遊しながら葉裏などへ回り込みにくため、薬液付着面積率は慣行散布より低下する。
以上のように、薬液付着面における単位面積当りの薬液付着量も慣行散布と比較して少なく、テンサイに対する少量散布では薬液の付着面積率は慣行散布と比較して少なくなる。しかし、少量散布は慣行散布より高濃度の薬液を散布することから、個体当りに付着する有効成分量は前者の方が多くなる。同様の傾向は、他作物における試験でも確認されており、薬液の流れ落ちがない少量散布では、多量散布より有効成分の付着効率が高いことが知られている。


▲第2図 慣行散布と少量散布の薬液付着状況模式図(薬液付着面積率60%)
左:慣行散布(散布量:100L/10a,ノズル:中空円錐型2頭口)
右:少量散布(散布量:25L/10a,ノズル:高圧少量散布用扇型)
ここでいう薬液付着面積率は、付着した噴霧粒子の面積ではなく、噴霧粒子が一定密度で付着した範囲の面積率を指す。


▲第3図 テンサイへの散布量と薬液付着面積率


▲第4図 テンサイの各葉位に対する薬剤付着のイメージ

テンサイの褐斑病およびヨトウガに対する少量散布の防除効果

 テンサイの褐斑病とヨトウガに対する液剤少量散布の効果について、同一薬剤の慣行散布を対照として試験を実施した。第3表には褐斑病に対する試験の一例を示すが、これらDMI剤の少量散布は、慣行散布と比較してほぼ同等の効果と判断された。また、DMI剤以外の保護剤についても、現在登録試験を実施中である。
 一方、ヨトウガに対する試験結果を第5図に示すが、少量散布は慣行散布とほぼ同等の結果が得られている。ヨトウガのような食葉性害虫の場合、害虫自身が移動するため、少量散布によって薬液の多少の付着ムラが生じても効果に対する影響は少なくなると考えられる。


▲第5図 殺虫剤の少量散布によるテンサイのヨトウガに対する防除効果(十勝農業試験場、2001)

おわりに

 少量散布の実用化のためには、少量散布用の農薬登録が必要であり、前例となった水稲に対する少量散布用農薬では、濃度および散布量と、使用する散布機の条件が注意事項に明記されている。畑作物に対する少量散布用農薬の登録要件では、ドリフト低減対策を講じた少量散布用ノズルの使用が前提になる。これは、高濃度薬液散布では慣行散布と比較して、重複散布や他作物への付着による作物残留や薬害のリスクが高いためである。このため本試験で少量散布に用いたノズルは、平均粒子径が118μmの高圧少量散布用扇型ノズルを用い、対照となる慣行散布は、一般的に使用されている平均粒子径90μmの中空円錐型2頭口ノズルを用いて試験を実施したことを付記しておく。
 本稿では、畑作物の少量散布に対して初めて登録を取得した殺菌剤、殺虫剤のテンサイ主要病害虫に対する効果について述べた。このほか畑作物では、小麦やジャガイモの病害虫に対する効果試験が現在実施されている。病害虫の種類によっては、少量散布では慣行散布より効果が劣る事例も認められているが、少量散布のメリットである薬剤散布作業の省力化との兼ね合いで本技術の導入を判断する場面が今後は生じると思われる。試験例を重ねることにより、少量散布の導入が可能な分野の整理が進むことを期待する。

(北海道立十勝農業試験場)

供試薬剤 散布量
(L/10a)
希釈倍率 投下成分量
(ml/10a)
発病度 収量
8/20 8/30 根重
(t/10a)
根中糖分
(%)
ジフェノコナゾール乳剤
 
25
100
750
3,000
8.3
8.3
13.8(51)a)
12.0(57)
16.4(64)
13.6(70)
4.40
4.05
16.50
16.89
テトラコナゾール乳剤
 
25
100
450
1,500
8.3
10.0
8.2(71)
7.1(75)
11.6(74)
8.5(81)
4.14
4.39
16.89
16.84
無処理
      28.2 45.1 3.80 14.86
L.S.D.(5%)
L.S.D.(1%)
     
3.55
5.05
6.13
9.62
n.s.
n.s.
0.814
1.157
a) ( )内は防除価
薬剤散布月日:7/18、8/8
▲第3表 殺菌剤の少量散布によるテンサイ褐斑病の防除効果(十勝農業試験場、2001)

引用文献

1)藤田俊一(2002).シンポジウム「農薬の新しい実践的利用技術」(日植防):27-39.
2) 後藤千枝・筒井 等・ほか(1987).北日本病虫研報 38:129-132.
3) 宮原佳彦(2000).シンポジウム「21世紀の農薬散布技術の展開」講演要旨(日植防):59-66.
4) 桃野 寛(2000).シンポジウム「21世紀の農薬散布技術の展開」講演要旨(日植防):51-58.
5)守屋茂雄(1998).農薬散布技術(「農薬散布技術」編集委員会編)、日本植物防疫協会、東京、pp.51-55.
6) 清水基滋・桃野 寛・池田幸子(2002).北日本病害虫研報53:65-69.

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