「アリガタ」はアリガタシマアザミウマ(Franklinothrips vespiformis)の商品名で、本種は1996年に沖縄本島南部のインゲンとメロンの圃場で発見された。アリガタシマアザミウマは農作物の重要害虫であるミナミキイロアザミウマなどのアザミウマ類を特に好んで捕食し、ハダニ類、マメハモグリバエ、シルバーリーフコナジラミの幼虫等を捕食することが知られている。本来の分布は新大陸で、南アメリカ、中央アメリカに加え、近年インドネシア、タイ、台湾で分布が確認されており、国内では沖縄県のみで確認されている。名前の由来は成虫の形態的特徴からきたもので、黒いボディーに、腹部にくびれて透けるような横縞があることから一見アリのように見えるため、アリガタシマアザミウマと名付けられた(第1図)。
▲第1図 アリガタシマアザミウマ成虫
「アリガタ」の特徴
成虫の体長は2.5~3.0㎜で、発達した前足でアザミウマをつかみ、食べる。餌となるアザミウマを捕らえる様子は黒豹が獲物を襲うのを連想させる。
卵は長さ約0.38㎜、直径約0.13㎜で半透明の白色の曲玉状で植物体に産み込まれる(第2図)。幼虫は赤と白の黄縞模様を呈し、よく目立つ(第3図)。1齢幼虫からアザミウマ等を捕食し、2齢幼虫は十分に成熟すると葉の裏などに繭を作り、その中で2回蛹化する。幼虫、成虫とも植物上の移動は主に歩行によるが、成虫は飛翔も行なう。
本種は野外においては雌しか採取されておらず、その子孫もすべて雌のみであることから、産雌単為生殖(雌が交尾することなく雌を産んで増える)を行なうと推定され、抗生物質を処理した雌は雄を産出することが知られている。そのため、雌雄が出会って交尾をする必要がないため、放飼開始直後より産卵を開始しする。また、九州以北の虫はその多くが短日条件下で休眠するのに対して、「アリガタ」は非休眠性で冬でも施設内で一定の温度があればよく働き、このことが、生物農薬として優れた特性となっている。
発育期間は、25℃の恒温条件下で、卵期間は8~9日、幼虫期間は5~6日、蛹期間は8~9日、産卵前期間は約3日、産卵期間は20~22日、総産卵数は40~70個である。発育零点は約13℃で、5℃以下では数日間で死亡するため、九州以北での野外での越冬は難しい。
▲第2図 アリガタシマアザミウマ卵
▲第3図 アリガタシマアザミウマ幼虫
天敵としての使用上の注意
本種は特にアザミウマ類を好み、果菜類で特に被害の多いミナミキイロアザミウマ、ヒラズハナアザミウマ、ミカンキイロアザミウマに対する効果が高い。放飼は発生初期に行なうのが重要である。
「アリガタ」の剤は250ml容器1本(第4図)にアリガタシマアザミウマ成虫が250頭入る。散布量は10a当り2~8本で対象となる野菜の発育状況、害虫の発生量を考慮して増減するとよい。
一般的には1株当り1頭を目安とするとよい。散布回数は1週間間隔で3~4回が好ましい。3~4回放飼してもアザミウマ類が多発している場合は選択性殺虫剤を散布し、いったん、害虫の密度を下げ、再放飼を行なうのも一つの選択枝である。
アリガタシマアザミウマは20℃で1日当り10~30頭のミナミキイロアザミウマを捕食する能力がある。効果は多くの場合1ヵ月程度で現れる(第5図)。また、アリガタシマアザミウマの幼虫の発生が認められると、防除効果が現れる場合が多い。
効果を高める工夫として、隙間があると施設外へ逃亡するため、特に裾をしっかりと閉じる。蛹化は下位の葉裏の太い葉脈の間の谷間で、白い糸を張ってその中で行なう。そのため、下葉かきを行なう際は蛹を取り除くことのないよう注意が必要である。
また、低温に弱いため、5℃以下での使用は控え、施設内を散布直後より、温度を13℃以上に保つのも本種の働きを助ける。
その他の使用上の注意事項として下記のことがあげられる。
(1) |
アリガタシマアザミウマ成虫の生存日数は短いので、入手後直ちに使用し、1回で使い切る。 |
(2) |
容器内にアリガタシマアザミウマが偏在していることがあるので、使用の直前に緩衝剤とアリガタシマアザミウマが均一に混ざるよう容器を数回反転した後に、軽く振りながら葉に振りかけるようなに散布するとよい。放飼はできるだけ均一に行なうことを原則とするが、ミナミキイロアザミウマの発生にむらがある場合、被害や害虫が認められる場所には集中的に行なってもよい。また、発生のモニタリングを青色粘着トラップで行ない、発生が認められたら、「アリガタ」を発注し、到着次第放飼を行なうとよい。 |
(3) |
ミナミキイロアザミウマの密度が高くなってからの放飼は十分な効果が得られないことがあるので、ミナミキイロアザミウマがまだ低密度で散見され始めたときに最初の放飼をする。 |
(4) |
アリガタシマアザミウマは高温を好み、低温期では活動が低下するので、放飼は春期から秋期に行なう。 |
(5) |
アリガタシマアザミウマの活動に対して影響を及ぼす薬剤(天敵農薬を含む)があるので、本剤の使用期間中に他剤を処理する場合は十分に注意する。特に殺虫剤ではDDVP乳剤、エマメクチン安息香酸塩乳剤、スピノサド水和剤の影響を受けやすい。ダニ剤はデンプン液剤を除き影響は少ない。 |
(6) |
本剤の使用に当たっては、使用量、使用時期、使用方法を誤らないように注意し、特に初めて使用する場合は、病害虫防除所等関係機関の指導を受けることが望ましい。また、詳しい問い合わせは下記の研究機関へ。 |
沖縄県農業試験場害虫研究室:電話098-884-3415
琉球産経(株)天敵増殖施設:電話098-884-3415
アリスタライフサイエンス(株):電話03-3547-4578
▲第4図 250mlの「アリガタ」
▲第5図 キュウリ圃場におけるミナミキイロアザミウマに対するアリガタシマアザミウマの防除効果
「アリガタ」開発と県単独事業「環境保全型害虫防除事業」について
沖縄県農業試験場は、2000年度(平成12年度)から県単独事業として「環境保全型害虫防除事業」を実施している。この事業は、在来の有望天敵を用いた害虫防除技術の開発とともに地元企業を中心とした天敵産業の育成を目的としている。沖縄に生息する昆虫相の中から各種害虫の有望天敵の探索と防除効果の検討は沖縄県農業試験場が中心となって行ない、生物農薬としての開発は、琉球産経(株)(地元企業)とアリスタライフサイエンス(株)が互いの得意な部分を出し合って共同で開発を進め、その中で最初に農薬登録を取得したのが「アリガタ」である。
「アリガタ」に関しては農林水産省、独立行政法人の研究機関、大学、県農試の多くの方々のご理解とご協力により登録に関する試験を3年間で終了することができた。それには30例を超す効果試験に加えて、各種化学農薬に対する感受性、天敵農薬としての製剤化、製剤の輸送安定性(沖縄~本州各地)、皮膚刺激性などの農薬登録取得に必要な全ての試験が含まれる。
これらの試験結果から、アリガタシマアザミウマは、野菜類の害虫であるアザミウマ類に対して高い防除効果が認められ、天敵農薬として実用化の目処がたったので、昨年秋に農薬登録の申請が行なわれ、2003年(平成15年)4月22日に農林水産大臣より農薬登録第21060号として農薬として認可された。
今回の登録は「ナスとキュウリにおけるミナミキイロアザミウマ」であるが(申請者:アリスタライフサイエンス(株))、今後、他の生物農薬同様に野菜類全般で使用できるように登録拡大を推進していく予定である。
今後の展開
日本は天敵利用があまり盛んでない数少ない先進国である。その原因としては、農家の意識の低さ、農薬への依存、価格が高い、利用技術の不備、指導普及の欠如に加えて、農薬登録のある(市販されている)天敵が少ない等が考えられる。そこで企業に対し県が天敵の利用や天敵の開発を積極的に支援することによって、開発に伴う企業のリスクを低減させ、利用技術の開発と普及を共同で行なうことにより、天敵利用が拡大し、低価格化も進み、さらに市販の天敵の種類も増えると考えられる。
今回の「アリガタ」の開発はその第一歩である。アリガタシマアザミウマについては、今後さらに、低価格化、適用作物、適用害虫の登録拡大に向けた取り組みを行なう予定である。そして、現在、次期候補として、宮崎大学、玉川大学等の関係機関の協力を得て、ハモグリバエ類の有望天敵であるハモグリミドリヒメコバチと、シルバーリーフコナジラミの天敵であるリュウキュウツヤテントウの2種についても現在取り組みを行なっている。
今後、施設栽培における残された二つの重要害虫、アブラムシ類、ハダニ類に対する在来有望天敵の実用化を進め、特別栽培農産物の振興を図るとともに、観光以外に産業の少ない沖縄に小さくても一つの産業としての天敵産業の定着を図っていきたい。また、このような産官共同研究を基礎とした地元企業への技術移転による産業の創出で、県内の農家へ天敵を利用した防除技術を定着させることにより、農業の活性化が図られるものと期待している。
(沖縄県農業試験場)
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