施設栽培イチゴにおけるチリカブリダニの利用-福岡県での取り組み-
農薬ガイドNo.105/F(2003.5.20) - 発行 アリスタ ライフサイエンス株式会社 筆者:嶽本 弘之
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1.はじめに

 施設栽培の野菜類では、数種の天敵昆虫類などの生物農薬が登録されているが、一部の地域を除くとほとんど普及していないのが現状である。全国の試験研究機関では、天敵昆虫類などに関する多くの試験が実施されてきたが、生産現場で容易に使うことのできる技術として提供されていないのが、普及を妨げている主な原因であると考えられる。このような背景を踏まえて、福岡県では主要作物の一つであるイチゴにおいて、ハダニ類の捕食性天敵、チリカブリダニの簡易な利用技術の開発と普及に取り組んできたので、その概要を紹介する。

2.チリカブリダニ放飼の基本

 施設栽培イチゴでは、ハダニ類は10月中下旬のビニル被覆後から増加が始まり、年内は概して低密度で経過するが、年明け後は1月下旬以降に急激に増加する。このような発生の特徴をふまえ、ハダニ類の密度の低い年内からチリカブリダニを定期的にスケジュール放飼する方法が簡易で効果が高いと想定し、2000年に現地圃場で実証試験を行なった。
 現地実証試験は第1表に示す4圃場を用いて実施した。年内からの放飼体系は第1表の下2段の圃場で実施し、対照として年明け後の放飼体系(第1表、上2段)を検討した。なお、いずれの場合にも、1回につきチリカブリダニを約2,000頭/10a放飼した。その結果、年明け後からチリカブリダニを放飼した圃場では(第2表、上2段)、放飼時のハダニ類の発生がすでに多かったこともあって、被害抑制効果は不十分でクモの巣状態の株が多く発生した。それに対して、年内から放飼した圃場では(第2表、下2段)では、4月中旬までハダニ類の被害を低く抑制し、クモの巣状態となった株は極めて少なかった。2月下旬に追加放飼することでハダニ類の被害抑制効果が向上すると推察された。
 以上の結果から、チリカブリダニ放飼の基本は、「ハダニ類密度の低い年内から、10月下旬、11月下旬、1月下旬および2月下旬にチリカブリダニをスケジュール放飼する」と考えられた。

試験圃場
天敵放飼
調査期間中の
殺ダニ剤散布
10下
11下
2上
2下
3上
A農家圃場1
チリ
チリ
チリ
3月中旬
B農家圃場1
チリ
チリ
10月下旬、3月下旬
B農家圃場2
チリ
チリ
チリ
なし
C農家圃場1
チリ
チリ
チリ
なし

(注)1回につきチリカブリダニを2,000頭/10a放飼した。

▲第1表 試験圃場でのハダニ類に対する防除実績(筑後市、2000)

試験圃場
ハダニ類による被害(発生複葉率)
クモの巣状態株
の発生(4月中旬)
10下
11下
12下
1下
2下
3下
4中
A農家圃場1
11.3
23.8
27.5
圃場の約20%
B農家圃場1
0.0
0.0
14.0
22.5
16.3
37.5
50.0
〃 約40%
B農家圃場2
0.0
0.0
0.0
1.3
2.5
3.8
26.3
〃 約 3%
C農家圃場1
0.0
0.0
0.0
0.6
0.0
0.6
1.3
〃   0%

(注)多発した株では、ハダニ類が吐く糸によって、クモの巣を張った様な状態になる。

▲第2表 試験圃場でのハダニ類による被害の推移

3.チリカブリダニ推進の取り組み

 チリカブリダニを年内からスケジュール放飼の効果は明らかになったが、それだけでは、生産現場での普及にはつながらず、効率的な技術情報の伝達が必要となる。そこで、2000年8月にイチゴにおけるチリカブリダニの利用マニュアルを作成し(第3表を参照)、各普及センターに配布するとともに、病害虫防除基準および病害虫防除所のホームページに掲載し、現場の技術指導者への情報伝達を促進した。

9月
10月
11月
12月
1月
2月
3月
4月
5月
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(▼)
 
 
 
 
 
定植
 
 
マルチ張り
ビニル被覆
ミツバチ搬入
 
収穫開始
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
収穫終了
(注)▼はチリカブリダニの放飼を示す。

▲第3表 チリカブリダニ放飼の基本
(利用マニュアルから抜粋)

 翌年の2001年には、利用マニュアルに基づいた実証試験を6普及センター管内の11圃場で行ない、9圃場で高い防除効果が得られ、利用マニュアルの有効性が確認された。そこで、農業総合試験場・病害虫防除所・普及センターは成果発表会、研修会、講習会などの機会を利用して、生産者に対してチリカブリダニの利用を推進した。その結果、利用マニュアルを作成する2000年には、イチゴでのチリカブリダニの利用農家戸数が約45戸、利用面積が約6haであったが、2002年にはそれぞれ、約400戸、約75haと大幅に増加した(第4表)。

 
平成12年度
平成13年度
平成14年度
利用農家数
約45戸
約110戸
約400戸約
利用面積
約6ha
約20ha
75ha

▲第4表 福岡県のイチゴにおけるチリカブリダニ利用状況の推移
(福岡県農業技術課調べ)

4.チリカブリダニ利用上の注意点

 チリカブリダニの効果をうまく引き出す最大のポイントは、ハダニ類の密度が極めて低い時点から放飼を開始することにある。したがって、定植~ビニル被覆の期間に、鱗翅目害虫を対象に殺虫剤を散布する際に、ハダニ類にも活性のあるクロルフェナピルフロアブル、フルフェノクスロン乳剤あるいはエマメクチン安息香酸乳剤を選択することにより、放飼効果を高めることができる。
 ビニル被覆後は、チリカブリダニをスケジュール放飼するのが基本であるが、ハダニ類の発生は圃場により異なる。そのため、十分な放飼効果を実現するには、適宜、ハダニ類の発生を把握し、適切な対策をとる必要がある(第5表に、これまでの経験を基にした効果の判定と対策を示す)。ここで、特に重要なことは、年内にハダニ類の発生が多い場合(生産者がハダニ類の発生に気づく程度で、発生小葉率5%以上)、殺ダニ剤の全面散布により、リセットすることである。チリカブリダニの効果を過度に期待すると、年明け後にハダニ類が急増し、かえって殺ダニ剤の散布回数が増えることになる。チリカブリダニに影響の少なく、ハダニ類に効果の高い選択的農薬として、ビフェナゼートフロアブルがあげられる。しかし、年内に殺ダニ剤でリセットする場合には、必ずしも選択的農薬を使用する必要はない。チリカブリダニに影響があってもハダニ類に対して効果の高いコロマイト乳剤などを利用し、ビフェナゼートフロアブルは年明け後の「切り札」として、温存しておくのが得策だと考えられる。

Ⅰ.ビニル被覆直後(10月中下旬)
①ハダニの発生極少ない(生産者が気づかない程度)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チリ放飼、Ⅱへ
②ハダニの発生小葉率が5%以上
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 殺ダニ剤全面散布、Ⅱへ
Ⅱ.11月下旬
①ハダニの発生極少ない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チリ放飼、Ⅲへ
②ハダニの発生小葉率が5%以上に増加
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺ダニ剤の全面散布でリセットし、Ⅲへ
Ⅲ.1月下旬
①ハダニの発生極少ない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チリ放飼、Ⅳへ
②数ヵ所で坪状にハダニが増加し、チリカブリダニが認められる
・・・・・・・・・・・・・・・・・殺ダニ剤をスポット散布し、チリ放飼、Ⅳへ
③数ヵ所で坪状にハダニが増加し、チリカブリダニが認められない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺ダニ剤の全面散布でリセットし、Ⅳへ
Ⅳ.2月下旬
①ハダニの発生極少ない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チリ放飼、Ⅴへ
②数ヵ所で坪状にハダニが増加し、チリカブリダニが認められる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チリ放飼(発生株を中心に)、Ⅴへ
③数ヵ所で坪状にハダニが増加し、チリカブリダニが認められない
・・・・・・・・・・・・・・・・・殺ダニ剤をスポット散布し、チリ放飼、Ⅴへ
Ⅴ.3月下旬
①ハダニの発生極少ない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・追加放飼の必要なし
②数ヵ所で坪状にハダニが増加し、チリカブリダニが認められる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チリ追加放飼(発生株を中心に)
③数ヵ所で坪状にハダニが増加し、チリカブリダニが認められない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺ダニ剤をスポット散布し、チリ追加放飼

▲第5表 チリカブリダニの効果判定と対策

5.チリカブリダニ推進上の課題

 チリカブリダニのスケジュール放飼は、ハダニ類に対する防除効果は高い。しかし、期待した効果が得られない場合もあるので、適期に効果の判定を行なう必要がある。効果の判定は生産者自らが行なうのが理想ではあるが、現実的には、普及員やJAの営農指導員が担うことになる。この場合、短時間で圃場全体のハダニ類の発生を把握できる簡易な調査法が必要となる。病害虫防除所では、圃場全体から系統的に約200小葉/10aを対象に調査する簡易法(鹿児島県農業試験場が開発)の有効性を検討した。その結果、簡易法で圃場全体のハダニ類の発生程度を把握できることが明らかになった。この方法は所要時間は30~40分と短いため、普及員などの現地指導者に適した調査法として取り入れる予定にしている。
 チリカブリダニの利用は、生産者にとって全く新しい防除法である。普及員の技術的な支援が不可欠である。そのためには、専門技術員と農業総合試験場が連携して、普及員がチリカブリダニ利用の指導に必要な技術(少なくとも、ハダニ類とチリカブリダニの識別と簡易調査法による放飼効果の判定)をマスターできる研修を整備する必要がある。

▲捕食中のチリカブリダニ

6.おわりに

 施設栽培イチゴでは、チリカブリダニの利用は拡大してるが、それ以外の生物的防除資材の利用はほとんど普及していない。今後、これらの資材の利用を進めるためには、試験研究機関と普及が連携し、生産現場で利用しやすい技術を確立するといった視点が欠かせないと考えられる。

(福岡県農業総合試験場・病害虫部)

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