オルトラン剤に関する記憶でもっとも印象深かったのは、1974年に他の有機リン剤、カーバメート剤、ネライストキシン剤等の散布剤とオルトラン粒剤を同一圃場に区割りして薬剤効果試験を実施したときのことである。
オルトラン粒剤は、定植時に植穴土壌混和処理でスタート、その後対象害虫発生初期にトップドレッシング処理、一方、散布剤は対象害虫の発生初期に第1回目処理、その後1週間毎に第2回目、第3回目の処理という試験設定である。
対象害虫のコナガ、アオムシの発生が多かったため、無処理区における食害は著しく、また散布剤処理区においても明らかに食害を生じていた。各区毎の食害は、歴然としていて、試験圃場に立って区割り全体を見渡しただけで、まったく食害を受けず、キャベツの葉が銀緑色に輝いて見えるオルトラン粒剤処理区を、ラベルを見ることなく認知できた。まさに抜群の卓効を認めたのである。
このように、劇的に効果をみた試験を以後経験したことはほとんどない。何故、ほとんどかというと、合成ピレスロイド剤の薬剤試験でもコナガ対象に同様な高い効果を経験したことがある。ところが、合成ピレスロイド剤の場合は、登録取得に向けた試験段階では、卓効が認められたものの、登録を取得した2年後には、高度のコナガ抵抗性個体群の発現により、急激に殺虫効力を喪失してしまったのである。これも劇的であった。1984~1990年はコナガの抵抗性個体群の発現が全国的にも問題となり、単剤で効果の高い薬剤はごく少数に限られてしまったのである。オルトラン剤も例外でなく、感受性低下の傾向が見られたのである。この年代は、いわばコナガ剤受難の時代ともいえる時期であった。混合剤や混用などで何とか凌ぎ、BT剤、IGR剤、ネオニコチニル剤等の登場によりローテーション使用による防除体系が可能となったのである。
オルトラン剤との関わりは、九州病害虫防除推進協議会の病害虫防除連絡試験において、アブラナ科野菜の重要害虫コナガを中心とした薬剤効果試験の取り組みの中であった。
キャベツのコナガ、アオムシ、アブラムシ類対象の薬剤試験のなかで、試験薬剤であったり、対照薬剤であったり、またはコナガの薬剤感受性検定の1剤であったりした。
また、登録には結びつかなかったが、独自の試みとして、ハクサイの生育初期に被害が大きいコオロギ類、ダイズの葉を暴食するマメコガネ、ハクサイ、ダイコン、タカナ、ニンジン等に予想外の加害を与えるムギダニ、ネギの重要害虫として1989年頃から急激に発生量が増大したシロイチモジヨトウ等を対象とした有効薬剤のスクリーニング試験の1剤として、ハナショウブの重要害虫ハナショウブノズイムシの防除試験において関わりがあった。
オルトラン粒剤は、残効性が長いこと、それまでの各種粒剤が吸収性害虫に限定されるのに対して、そしゃく性害虫にも殺虫効果があるということが、栽培現場で大いに歓迎されたのである。また、定植時の植穴処理、定植直後の株元処理だけでなく、生育途中に作物の上から粒剤を散布する、トップドレッシッング処理という、従来にない画期的な処理方法によっても害虫防除ができるというのが非常に鮮烈であった。
第1表は、平成13農薬年度の農薬総出荷量及び金額(2002農薬要覧による)であるが、農薬総出荷金額は3,800億3,650万円で、そのうち殺虫剤の出荷金額は1,323億5,650万円であり、アセフェート剤は82億5,694万円である。アセフェート剤は農薬全体の2.2%、殺虫剤の実に6.2%を占める大型品目であって、断然トップの座を占めているのである。
農薬名
|
生産量
(トン、kl)
|
出荷量
(トン、kl)
|
生産金額
(千円)
|
出荷金額
(千円)
|
アセフェート剤
|
7,991.2
|
7,914.8
|
8,584,197
|
8,256,941
|
MEP剤
|
6,035.6
|
5,560,4
|
5,224,268
|
4,967,628
|
ダイアジノン剤 |
7,229.1
|
6,806.2
|
3,041,390
|
2,922,361
|
DMTP剤 |
658.4
|
697.7
|
2,446,496
|
2,606,856
|
エチルチオメトン剤 |
8,578.4
|
8,702.9
|
2,429,288
|
2,425,269
|
DDVP剤 |
713.5
|
713.3
|
2,366,491
|
2,388,717
|
DEP剤 |
3,046.2
|
3,215.3
|
1,149,522
|
1,711,685
|
イソキサチオン剤 |
2,151.9
|
2,085.5
|
1,474,628
|
1412,296
|
MPP剤 |
3,331.1
|
3,123.0
|
1,076,850
|
1,356,,124
|
ジメトエート剤 |
805.2
|
826.5
|
1,175,056
|
1,040,054
|
プロチオホス剤 |
555.8
|
792.6
|
1,021,638
|
1,074,469
|
PAP剤 |
1,944.4
|
628.7
|
866,060
|
878,548
|
クロルピリホス剤 |
371.8
|
2,163.2
|
1,057,684
|
814,802
|
マラソン剤 |
869.5
|
311.6
|
644,953
|
625,458
|
EPN剤
|
521.4
|
524.7
|
543,646
|
522,299
|
(2002農薬要覧より抜粋)
▲第1表 主な有機リン剤の生産および流通状況(2001)
アセフェート剤の殺虫スペクトラムが広いことは、第2表に示すとおり半翅目、甲虫目、鱗翅目、膜翅目、アザミウマ目、双翅目と、6目48種類の昆虫に殺虫効果があることから十分に納得できるのである。このように、幅広い殺虫スペクトラムに裏付けされ、野菜類、観賞植物類、普通作物、果樹類、特用作物、芝などの、24科46作物の主要害虫に対して、幅広く登録を取得しているのである。
目
|
害虫名 |
半翅目
(10)
|
アブラムシ類、フタテンヒメヨコバイ、チャノミドリヒメヨコバイ、カキノヒメヨコバイ、ゴボウノミドリヒメヨコバイ、ヤノネカイガラムシ、ミカントゲコナジラミ、ツツジグンバイ、ツノロウムシ、ルビーロウムシ |
甲虫(鞘翅)目
(7) |
コアオハナムグリ、ヤサイゾウムシ、シバオサゾウムシ、テントウムシダマシ、テンサイトビハムシ、ケシキスイ類、サンゴジュハムシ |
鱗翅目
(24) |
コナガ、アオムシ、ハイマダラノメイガ、タマナギンウワバ、ヨトウガ、ハスモンヨトウ、タマナヤガ、オオタバコガ、タバコガ、ジャガイモガ、アワノメイガ、フキノメイガ、ネギコガ、カキノヘタムシガ、チャドクガ、チャノコカクモンハマキ、モンクロシャチホコ、アメリカシロヒトリ、ベニモンアオリンガ、オオスカシバ、ミノウスバ、アカフツヅリガ、シバツトガ、スジキリヨトウ |
膜翅目
(1) |
カブラハバチ |
アザミウマ(総翅)目
(4) |
ネギアザミウマ、アザミウマ類、ミカンキイロアザミウマ、チャノキイロアザミウマ |
双翅目
(3) |
マメハモグリバエ、ヨメナスジハモグリバエ、テンサイモグリハナバエ |
▲第2表 アセフェート剤が有効な害虫
また、剤型別に対象作物をみると、粒剤は野菜類、観賞植物、特用作物、芝の28作物を対象に、水和剤は野菜類、観賞植物、普通作物、果樹類、特用作物、芝の46作物を、液剤は観賞植物の9作物を、カプセル剤は観賞植物の3作物を対象に登録を取得しているのである。
さらに、近年急速に普及が進んでいる無人ヘリコプター防除用薬剤としても登録に向けての試験が取り組まれていることから、使用場面の拡大が期待される。
以上のようにオルトラン剤は、幅広い作物および害虫を対象に、農業生産、家庭園芸、公園や街路樹、ゴルフ場等の管理において重要な資材として今後とも益々活用されることが期待されるのである。
(大分県病害虫防除所)
▲コナガによるキャベツの被害
▲アオムシによるキャベツの被害
▲ヨトウムシによるキャベツの被害
▲ムギダニによるタカナの被害
▲シロイチモジヨトウによる根深ネギの被害
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