ホウレンソウは、生鮮野菜としてはビタミン類等の栄養価が高く、美しい緑色の彩りが洋風和風のどちらの料理にも取り入れ易い、人気の高い野菜である。とりわけ、奈良県東部の中山間地域(宇陀郡)のホウレンソウは内陸的気候のため良質であり、京阪神市場から高く評価されている。奈良県のホウレンソウ栽培は、簡易なビニルハウスによる周年栽培が多い。県北部平坦地域では、真夏を除く9~6月まで4~5回栽培する。県東部の中山間地域では、真冬の積雪期を除く3~11月まで5~6回栽培する。
ホウレンソウを加害する害虫の種類は多いが、登録された薬剤が少ないため防除にはいろいろな問題がある。また、生鮮野菜であるイメージから、有機栽培や減農薬栽培に取り組まれることも多く、農薬を出来るだけ控えた防除技術の開発が求められている。
ホウレンソウ栽培の主な害虫
平坦地域では冬期は害虫の発生は少なく、ほとんど無防除で栽培されている。しかし、今年は珍しくタネバエが3月にやや多く発生し、発芽不良となったハウスが多かった。4月になると、モモアカアブラムシが時に多発生するが、株元の葉の中で増殖することが多く、出荷まで発見されにくい。5月になると、ヨトウガ等の鱗翅目害虫がしだいに増えて、薬剤防除が行なわれるため、アブラムシ等の発生は少なくなる。この頃には、播種から収穫までの栽培期間も30日と短く、防除時期を逸して害虫の食害を受けた圃場を見ることがあるが、鋤き込んで蒔き直しが速やかに行なわれる。
7~8月まではハウス内が高温になるためホウレンソウ栽培が出来ないので、夏期の太陽熱土壌消毒を実施するところが多く、これでネグサレセンチュウや苗立枯病、萎凋病などの土壌病害虫が減少する。太陽熱土壌消毒終了後、早いところでは8月下旬には播種するが、収穫間近の9月中旬になるとハスモンヨトウが発生する。この時期には、ホウレンソウに隣接する夏秋ナス栽培で増加したと思われるミナミキイロアザミウマがホウレンソウの中心の新葉の中に潜り込んで食害する。秋にはシロオビノメイガやモモアカアブラムシも時々多発することがある。
中山間地域では、積雪の心配が少ない3月頃から播種が始まる。春の害虫はネキリムシである。雑草などで越冬した大きな幼虫がハウス内に移動して隣接する数株の株元を食害するため、大きな被害となる。中山間地域でも今年はタネバエがやや多く発生し、発芽不良となったハウスが多かった。4~5月になるとホウレンソウケナガコナダニの発生が最近増加しているため、薬剤防除が行なわれるようになりモモアカアブラムシは少なくなっている。5月以降はヨトウガ等の鱗翅目害虫が発生し薬剤防除が行われる。7~8月になると、ハウス内は乾燥してハダニが発生する圃場が時折見られる程度で、害虫は少ない。9月にはハスモンヨトウが発生する。夜間に被覆ビニルが下ろされる9月末には、ハウス内の害虫は減少する。しかし、ハスモンヨトウの発生が遅くまで続く事がある。ハスモンヨトウの発生時期は平坦地域と中山間地域ともに9~11月までと長く、被害も大きい。
ハスモンヨトウの生態と被害
ハスモンヨトウのフェロモントラップによる誘殺は5月から始まり11月まで続くが、ホウレンソウに食害が見られるようになるのは9月からである。隣接のダイズやサトイモを注意して観察し、食害で白くなった葉が見られるようになると、ホウレンソウにも被害が出始める。ハスモンヨトウの雌成虫は夜間に飛来し、ホウレンソウの葉裏におよそ400個の卵を一つの塊にした卵塊が産み付けられる。そこからふ化した幼虫は集団で葉裏から表皮を残して食害するため、かすり状に白くなったホウレンソウの葉が目立つようになる。これが、初期の被害である。この時期は幼虫が集団で捕殺しやすく、薬剤の防除効果も高いので、最も防除しやすい。幼虫集団の寄生した株に触れると、その震動で糸を吐き、幼虫は地表に分散することがある。その一部は株の中心の新葉の中に潜り込むが、多くは地上を徘徊するクモなどに捕食される。
この時期から、1週間すると幼虫は2度の脱皮を行なって、3齢幼虫となり、本格的に分散を開始する。中齢幼虫は活発に行動するため、ハウス全体に被害が広がる。4~5齢幼虫になると体色が黒くなり、葉裏から株元に移動する。昼間は株元の土中に潜むため、薬剤が付着しにくくなり、夜間には大量に食害する。中齢幼虫から2回脱皮して老熟幼虫となり、そのあとは土中で蛹となる。蛹は25℃でおよそ7日後には成虫に羽化する。
ホウレンソウは葉が商品である。アザミウマやアブラムシの被害は新葉の奇形や幼虫の抜け殻などが付着するといったホウレンソウの見栄えが悪くなることであるのに対して、鱗翅目害虫等に少しでも食害を受けると出荷調整時の除去作業が増え、株重量も少なくなる。中でもハウス全体に被害が発生するハスモンヨトウの食害は、特に大きな被害となる。
物理的防除
ハスモンヨトウの雌成虫は夜間に飛来するので、ハウス開口部のネット被覆が有効である。第1図は奈良県田原本町で1994年(平6)にネットを被覆してハスモンヨトウ防除を行った結果である。7~8月に1ヵ月間ビニルハウスを閉め切って太陽熱土壌消毒を行なった後、アザミウマ防除目的の紫外線カットフィルムを被覆し、ハウスサイドに4mm目合いのサンサンネットを張って、ホウレンソウを播種した。収穫始めと終了時にハスモンヨトウとミナミキイロアザミウマの被害株率を調査した。一般に防虫目的で使われるネットは1mm目合いの細かいものであるが、4mm目合いネット被覆と紫外線カットフィルムによる害虫防除効果は高かった。また、1mm目ネットに比べて風が通りやすいので、ハウス内気温は低く抑えられ、ホウレンソウの品質にも影響はなかった。
この後、4mm目合いネットの各種害虫の侵入阻止効果を調べたところ、ネット被覆防除の弱点が見られた。ヨトウガやシロイチモジヨトウなどの大型の害虫の侵入阻止効果は高かったが、ハスモンヨトウより小形のシロオビノメイガは侵入阻止効果は低かった。ハスモンヨトウでもネット上に卵塊を産み付けることから、ふ化幼虫が目合いをくぐり抜けて侵入することがある。また、田原本町の試験でも、隣接するホウレンソウ圃場からハスモンヨトウ幼虫が侵入して、ハウスサイド際に老熟幼虫とその食害が見られた。ネット被覆では幼虫の侵入阻止は出来ないため、ハスモンヨトウの完全な防除は難しい。ネット被覆と薬剤防除などを組み合わせた総合的な防除が必要と思われた。
▲第1図 4㎜目ネット被覆と紫外線カットフィルムによる害虫防除(田原本町)
薬剤防除
ハスモンヨトウは各種の殺虫剤に対する抵抗性が確認されており、薬剤防除の難しい害虫である。奈良県でも、合成ピレスロイド剤や有機リン剤、カーバメート剤等の感受性低下が観察されている。また、防除効果の高いIGR剤は若齢期では防除効果が高いが、老熟幼虫には防除効果が低くなる。BT剤もIGR剤同様に老熟幼虫には防除効果が低いが、若齢期には防除効果が高い。第2、3図は1999年から2000年に行なったゼンターリ顆粒水和剤等の防除試験結果である。これまでのBT剤はコナガなどに効果があっても、ハスモンヨトウに対する防除効果は低かった。しかし、ハスモンヨトウに対してもIGR剤と同等の防除効果が見られ、十分実用的な防除効果のある薬剤である。ゼンターリ顆粒水和剤のようなBT剤は天然物由来の害虫防除資材として、JAS有機農産物の生産に使用できる天然系農薬であり、生鮮野菜のホウレンソウのイメージを壊さない生物農薬である。
▲第2図 ハスモンヨトウに対する防除効果(2000)
▲第3図 ハスモンヨトウに対する防除効果(1999)
ホウレンソウの生育は速く、収穫までの栽培期間が30日と短い割に、農薬安全使用基準の収穫前使用期限が長いものが多い。大きな株になると葉裏に薬剤が付着しにくくなる。ハスモンヨトウは葉裏を食害するので、葉裏に薬剤が付着するような播種後2週間ぐらいの本葉5~6枚の時期にはていねいに薬剤防除をしておきたい。太陽熱土壌消毒法やネット被覆などの物理的防除と組み合わせて、適期期にBT剤を使用すれば、高品質のホウレンソウ栽培が今後も続けられると思われる。
( 奈良県病害虫防除所)
▲ハスモンヨトウによるホウレンソウの被害
▲ホウレンソウを加害中のハスモンヨトウ幼虫
▲ハスモンヨトウの食害によるダイズの白葉
▲田原本町における現地試験の状況
左:4㎜ネット紫外線カットフィルム処理区 右:無処理区
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