はじめに
近年、わが国においても環境保全型農業が重要な目標に掲げられている。また、昨今のBSEや輸入野菜の残留農薬、無登録農薬などの諸問題に消費者の安全志向が伴い、産地によっては積極的に減農薬への転換が図られている。天敵は総合的害虫管理(IPM)の考えに基づき、減農薬の有効な一つの手段として利用されつつある。
たとえば“天敵大国”高知県においては、実際に安芸郡でナス・ピーマンのアザミウマ類防除に天敵タイリクヒメハナカメムシ(以下、タイリク)(写真)が約30ha普及しており、施設栽培ピーマンでは、ほぼ100%の圃場でアザミウマ防除に効果があり、天敵利用に成功している(岡林、2002)。
しかしながら、他産地では天敵は化学農薬ほど安定した効果を得られず、取り扱いにくいイメージがまだある。そこで今回は茨城県鹿島郡波崎町の施設ピーマンにおけるタイリクを利用したアザミウマ類の防除の結果について報告するとともに、併せて促成ピーマンでこの天敵の放飼時期の検討について報告する。
▲ナミキイロアザミウマ2齢幼虫を捕食中のタイリクヒメハナカメムシ雌成虫)(山本栄一原図)
1.タイリクヒメハナカメムシを使ったアザミウマ防除の実際
(1)春ピーマンの場合
ピーマンの花におけるアザミウマ類とタイリクの関係を調べる為に、加温大型ビニールハウス(10a、品種:みおぎ、定植:11月21日、1,500株)において、ピーマン150花当りのアザミウマ類(成虫・幼虫数)とタイリク(成虫・幼虫数)の見取り調査を行なった(第1図)。
定植時にタイリクを500頭放飼した。タイリクは冬期でも低密度ながらその発生が認められた。アザミウマ類は12月14日入口付近から侵入し、以降全体に広がった。アザミウマ類は1月後半から急激に増加したがタイリク1,000頭を放飼(1月18日)、クロルフェナピル水和剤(コテツフロアブル)を1回散布(2月3日)して、さらにタイリク500頭の追加放飼(2月8日)により2月前半から減少した。2月中旬以降、栽培期間を通じてアザミウマ類の発生はほとんど見られなかった。
たとえば4月1日を見てみると、ヒラズハナアザミウマ(優占種85.7%)、ミカンキイロアザミウマの発生が認められたが、0.04頭/花と極めて低密度に押さえられた。一方、タイリクも2月中旬より上昇したのち安定し、その後は定着していた。2月末以降の温度上昇とアブラムシ類やコナジラミ類、その他の餌となる他害虫の発生によってタイリクヒメハナカメムシは20花当り5~15頭の高密度で維持され、春以降の薬剤散布回数は前年度に比べ激減した(第1表)。
このハウスでの薬剤の使用は、アザミウマ防除にクロルフェナピル水和剤(コテツフロアブル)を1回、うどんこ病防除にトリフルミゾール水和剤(トリフミン)を2回、アブラムシ防除にピメトロジン水和剤(チェス)をスポット散布で2回、計5回であった。これは前年度の同ハウスでの薬剤散布および茨城県の減農薬使用基準を下回るものであった(第1表)。
被害はへたに極少量発生したが果実にはまったくなかった。軸では2月前半には全般的に見られたが、軸は収穫の際、短めに切るので特に問題とはならなかった。2月後半以降はまったく被害がみられない状態であった。
▲第1図 春ピーマンにおける花でのアザミウマ類およびタイリクヒメハナカメムシの発生推移
(注)1.太字は生物農薬(タイリク)
2.ピメトロジン水和剤はスポットで2回(1回目9株、2回目20株)散布
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作型 |
前年 |
天敵放飼圃場 |
茨城県での減農薬使用基準 |
薬剤の使用延べ回数 |
春
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18回
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5回
(内スポット2回) |
8回(加温)、9回(無加温) |
(成分カウント数) |
夏秋 |
31回* |
4回** |
7回 |
▲第1表 ピーマンハウスでの薬剤散布回数の比較
*1回の散布でも2成分含まれている混合剤や2剤を混合した混合散布の場合は2回としてカウントする。
**9月30日までの散布回数
(2)夏秋ピーマンの場合
夏秋(抑制)ピーマンの場合は定植が6月~7月であり、単棟ビニールハウスが多い(加瀬、私信)。ピーマンの花でアザミウマ類とタイリクの関係を調べるために、単棟ビニールハウス(3a、品種:みおぎ、定植:6/11、250株)においてピーマン20花当りのアザミウマ類(成虫・幼虫数)とタイリク(成虫・幼虫数)の見取り調査を行なった(第2図)。
定植時にニテンピラム粒剤(ベストガード)(6月11日)処理し、ハウス当りタイリクを7月1日と7月11日に125頭ずつ計2回放飼した。初回放飼時のアザミウマ密度は1.5頭/花であった。8月1日以降はアザミウマの密度は全てのハウスで1頭/花以下になった。8月30日以降はアザミウマを見つけることが困難なほど(0.05頭/花以下)に減少した。アザミウマ類による被害は9月末までまったく無く、アブラムシ類、ハダニ類の発生も見られなかった。他に7棟の単棟ビニールハウスでも放飼を行ない、同等の結果がみられた。
このハウスでの9月30日までの薬剤散布は、ヨトウムシ類とチャノホコリダニ防除にクロルフェナピル水和剤(コテツフロアブル)を1回、オオタバコガ防除にクロマフェノジド水和剤(マトリックフロアブル)を2回とゼンターリ顆粒水和剤を1回散布の計4回であった。これは前年度9月までにおける同ハウスでの薬剤散布および茨城県の減農薬使用基準を大きく下回るものであった(第1表)。被害果についてはまったくない状態であり、十分にタイリクが働く効果を得た。
抑制ピーマンの場合、タバコガが侵入すると最後まで被害の残ることが多いので、定植前に防虫ネット1mm目でサイドや入口など侵入を絶つことが必要である。(オオタバコガに対しては定植前の周囲の雑草防除も重要な防除手段である。逆に定植後にハウスの周囲の草刈り、除草剤のみ使用はオオタバコガをはじめ多くの害虫をハウスに入れることになるので避けることが重要である)。
抑制ピーマンにおけるタイリクの放飼適期は、ニテンピラム粒剤のタイリクに対する残効が切れてからアザミウマ密度が花当り1頭前後までの間で、できるだけ早期放飼を行なうことが望ましい。
▲第2図 夏秋ピーマンにおける花でのアザミウマ類およびタイリクヒメハナカメムシの発生推移
(注)太字は生物農薬(タイリク)
2.促成ピーマンでのタイリクの放飼時期の検討
以下に促成ピーマンでの防除体系例を提案する。
9月初めの定植からオルトラン、ニテンピラムなどの粒剤(残効期間20~30日)を処理し、ホリバーなどの粘着板トラップを10aに
10枚以上を設置しアザミウマ類の飛び込みのモニタリング開始する。初期の芽欠きは2~3番花が咲くころまでに1番花以下の主幹のわき芽を欠いておくこと。アザミウマ類の発生を確認後、9月3~4週目(秋分の日前後)にタイリク1回目放飼、次に1~2週間後に2回目を放飼する。タイリク放飼後から2週間は薬剤散布および葉面散布を控え、冬至までにタイリクを定着させる。うまく定着しなかった場合、その後、春先のアザミウマの突発的増加に備え、年明けから花でのモニタリング開始する。花当り密度が1~3頭でタイリク放飼、アザミウマの幼虫が見え出したら、アザミウマ類に効く選択性殺虫剤(クロルフェナピル(コテツ)、スピノサド(スピノエース顆粒)など)を散布するようにする。その1~2週間後、タイリクの追加放飼を行ないモニタリングを継続し、花当りアザミウマ密度を5頭以下に抑える。
3.今後の課題と問題点
(1)各産地での栽培体系に即した天敵利用技術(天敵を有効に働かせるため総合的な防除体系)の確立
(2)モニタリングの簡易化
生産者には多く管理作業があり、モニタリングにあまり時間を費やすことができない場合もある。ことさら高齢の生産者にとって小さな虫を見ることや数を数えることは容易なことではない。
(3)栽培方法の工夫
タイリクは芽に多く産卵するため欠いた芽をハウス外に持ち出すと、タイリクの卵や幼虫も持ち出される恐れがある(和田、2001)。このようなタイリクの生態を理解し、放飼前に芽欠きを行なっておくことや、タイリクが定着するまでは芽欠きを控えるなどの極め細かな気配りが大切である。
(4)その他、慣行防除では発生しなかったコナダニ類など害虫の問題や黄化えそ病(TSWV)への対応など現場ではまだ多くの問題が山積している。
おわりに
生物農薬の利用は時代の趨勢である。しかしながら、その効果はまだ安定しているとは言えない。我々メーカーや販売サイドからの更なる的確で詳細な情報提供が必要であり、天敵昆虫の性質を理解して利用を行うことが大切である。また、天敵の普及は普及員や農協の営農指導員によるところが大きい。選択性殺虫剤の特性など多くの情報を提供して、各産地に適合した天敵利用技術を組み立てるべきである。
最後に天敵試験にご協力していただいている波崎町のピーマン生産者の方々、JAしおさいの加瀬康弘氏および鉾田地域農業改良普及センターの石川賢二氏に厚く御礼申し上げると共に、台風21号の痛手からの一日でも早い皆さんの復活を心から願ってやみません。
(アリスタライフサイエンス㈱ アグロフロンティア部 バイオシステムズ)
▲タイリクハナカメムシとアザミウマ類の生息調査風景
▲タイリクハナカメムシ放飼直前の促成ハウス内部の様子
▲春ピーマンの栽培状況
▲粘着板トラップによってアザミウマ類の飛び込みを確認する
▲台風21号の傷跡
▲今回発生の見られたアザミウマ類(池田二三高、アザミウマ図鑑より)
(左からヒラズハナアザミウマ、ミナミキイロアザミウマ、ミカンキイロアザミウマ)
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