1.はじめに
水稲の育苗時に発生するイネもみ枯細菌病菌による苗腐敗症およびイネ苗立枯細菌病は、発生が日和見的で発生予測が困難なうえ、いったん発生すると被害が著しい病害である。特に、イネもみ枯細菌病菌については、保菌した苗を移植すると生育期にもみ枯れを生じ、収量や品質の低下につながる。これらの病原細菌は好高温性で、被害の発生は1960年代以降の加温育苗の普及とともに増加してきた経緯があり、現在では糸状菌病であるイネばか苗病と並び、育苗期の重要病害となっている。
育苗時のこれらの病害の防除は、これまで化学合成農薬を用いた種子消毒が中心であったが、近年では消毒後の廃液処理が問題となるなど、環境への配慮も重視されるようになっている。こうした背景のなかで、中国農業試験場(現近畿中国四国農業研究センター)とセントラル硝子(株)との共同研究により、はじめての微生物による種子消毒剤「モミゲンキ水和剤」が開発され、公的機関での検定の後、2001年10月に農薬登録された。ここでは、開発および効果試験に携わった立場から、本剤の特徴と効果について紹介する。
▲農家でのもみ枯細菌病菌による苗腐敗症の発生
(左半分の育苗箱は全て発病している)
▲育苗箱でのイネもみ枯細菌病菌による苗腐敗症
(汚染種子のあった部分とその周囲が激しく発病するケースが多い)
▲育苗箱でのイネ苗立枯細菌病の発生
(発病すると葉の基部から白化することが多い)
2.モミゲンキ水和剤とは
モミゲンキ水和剤は、1991~1996年にかけて中国農業試験場の圃場内の水稲の葉上から分離された細菌(葉上微生物)のうちの一つであるCAB-02株を主成分として製剤化した微生物農薬である。CAB-02株は、細胞の大きさが1~4μmの、グラム陰性、好気性の桿菌であり、筆者らは細菌学的諸性質から本菌株を新規のシュードモナス属細菌の一種と同定した。
本菌株は、イネもみ枯細菌病菌とイネ苗立枯細菌病菌に対し特異的に強い抑制力を持つのが特徴で、イネやその他の植物には病原性を示さない。本菌株を含むモミゲンキ水和剤は、育苗時の浸種液に添加したり、種子にコーティングして播種すれば、病原菌に対する優れた抑制能によって、イネもみ枯細菌病菌による苗腐敗症や、イネ苗立枯細菌病の発生を未然に防ぐことができる。また、本菌株はこれら細菌病に対するほどではないが、イネばか苗病に対しても発病抑制能を有している。
3.発病抑制のメカニズム
CAB-02株が上述の病害に対して発病抑制能を発揮するメカニズムについては、未だ十分に解明された訳ではないが、これまでに行なった実験結果から、一つには優れた増殖能力が関与していると考えられる。第1図にCAB-02株とイネもみ枯細菌病菌のYPGS液体培地中における24℃~35℃での増殖速度示したが、CAB-02株はいずれの温度でも、イネもみ枯細菌病菌に比べ増殖の立ち上がり(対数増殖の開始)が極めて早い。また、増殖速度の開きは、試験した範囲の温度では低温ほど大きく、培養開始から15時間後にはO.D.値で1.5以上の差が認められた。このことから、CAB-02株は病原細菌よりも早く増殖することによる競合で発病を抑制すると考えられる。
また、拮抗微生物と呼ばれる微生物では、何らかの抗菌物質を産生する場合が多いが、CAB-02株もグルコース等を加えた培地では、抗菌物質を産生する。しかしながら、奥田ら(1999)は,この抗菌物質がシデロフォア様物質であることを明らかにした上で、培地上で抗菌物質を産生しない突然変異株を作出し発病抑制能を検定した結果、親株と同等の発病抑制が認められたため、抗菌物質は発病抑制に関与しないとしている。さらに最近では、イネ苗での存在部位についても調査が行なわれ、CAB-02株は播種後、籾、根、根圏で対数的に増殖し、特に籾に局在することが確認されている。
供試薬剤
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使用量及び使用方法
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発病苗率(%)
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防除価
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モミゲンキ水和剤 |
乾籾100g当り5g粉衣
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3.5
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95.5
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200倍液24時間浸漬
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3.6
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95.3
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覆土1L当り10g混和
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7.0
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90.9
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オキソリニック酸水和剤 |
乾籾重量の0.5%粉衣
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6.4
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91.7
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200倍液24時間浸漬
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6.8
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91.2
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無処理 |
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77.2
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-
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▲第1表 イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)に対する防除効果(1998)
注)防除価=(無処理区の発病苗率-処理区の発病苗率)/(無処理区の発病苗率)×100
▲第1図 CAB-02株とイネもみ枯細菌の培養温度と増殖の関係
▲本田でのイネもみ枯細菌病による穂枯れの発生
(発病すると品質・収量の低下が著しい)
4.育苗期の病害に対するモミゲンキ水和剤の効果
CAB-02株を成分とするモミゲンキ水和剤の効果については、すでに日本植物防疫協会の委託試験で、イネもみ枯細菌病とイネ苗立枯細菌病について実用性有りの評価が得られている。ここでは、筆者らが担当した試験について簡単に解説する。
1998年にはイネもみ枯細菌病菌による苗腐敗症に対する防除効果について検定した。試験条件としては、病原細菌を減圧接種した籾を乾燥して供試し、各薬剤を処理した後、育苗培土をつめた10×15cmのプラスチック容器に播種して、34℃で4日間出芽処理を行ない、その後ガラス室内で管理した。浸種は液対籾比を2:1とし、25℃の室内で実施した。その結果、乾籾100g当り5g湿粉衣処理、200倍液24時間浸漬処理および覆土1L当り10g混和処理は、いずれも対照剤のオキソリニック酸を含む薬剤と同等か優る防除効果が得られた(第1表)。
2001年には、イネばか苗病に対する効果を考慮し、前もって糸状菌病対象の薬剤を処理しておき、催芽時にモミゲンキ水和剤を処理する方法で体系処理を実施し、イネもみ枯細菌病菌による苗腐敗症、イネ苗立枯細菌病およびばか苗病に対する効果を検定した。
試験方法は、育苗方法については1998年と同様である。発病条件については細菌病は接種籾を用い、イネばか苗病は前年開花期接種籾を用いた。その結果、モミゲンキ水和剤の催芽時処理のみでは両細菌病にはやや効果が劣ったが、体系処理区では細菌病には効果がないと考えられる薬剤との組み合わせでも高い防除効果が得られた。また、浸種から催芽まで連続して浸漬処理を行なうと、区間にフレがなく安定した高い効果が得られた(第2表)。ただし、イネばか苗病に対しては、モミゲンキ水和剤単独では200倍液の浸種時連続浸漬処理でも防除価で68程度であり、専用の化学合成農薬と比較すると防除効果は低かった。
▲CAB-02株の電子顕微鏡写真
▲もみ枯細菌病に対する拮抗微生物をスクリーニングする生物検定
▲苗立枯細菌病に対する効果測定試験
(左端がCAB-02株処理、右端が病原菌のみ)
薬剤名
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処置方法
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苗立枯細菌病
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もみ枯細菌病
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ばか苗病
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発病苗率(%)
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防除価
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発病苗率(%)
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防除価
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発病苗率(%)
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防除価
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モミゲンキ水和剤
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200倍 催芽時24時間浸漬
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37.3
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62.7
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36.8
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63.2
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53.0
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45.4
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200倍 浸種時連続浸漬
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7.4
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92.6
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12.3
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87.7
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30.8
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68.3
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トリフルミゾール水和剤+モミゲンキ水和剤
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300倍 24時間+200倍 催芽時24時間浸漬
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4.8
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95.2
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13.2
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86.8
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8.7
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91.1
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ペフラゾエート水和剤+モミゲンキ水和剤
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200倍 24時間+200倍 催芽時24時間浸漬
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4.5
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95.5
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8.5
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91.5
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2.7
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97.2
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チウラム・ペフラゾエート水和剤+モミゲンキ水和剤
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200倍 24時間+200倍 催芽時 24時間浸漬
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3.5
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96.5
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13.9
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86.1
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7.0
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92.7
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オキソリニック酸・ペフラゾエートフロアブル
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200倍 24時間浸漬
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12.9
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87.1
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30.8
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69.2
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12.2
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87.4
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無処理
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100
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100
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97.1
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-
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▲第2表 イネ育苗時に利用する薬剤の苗立枯細菌病・もみ枯細菌病・ばか苗病に対する防除効果(2001)
注)防除価=(無処理区の発病苗率-処理区の発病苗率)/(無処理区の発病苗率)×100
5.おわりに(使用に当たっての留意点など)
モミゲンキ水和剤は、成分がイネもみ枯細菌病を対象にスクリーニングした結果得られた微生物のため、上述した二つの細菌病には特異的な効果を示す。また微生物剤ゆえの特徴として、近年発生している薬剤耐性のイネもみ枯細菌病菌にも効果があることを確認している。しかしながら、微生物剤ゆえに、これらの病害以外では十分な効果が得られない場合があるのも事実である。イネいもち病、イネごま葉枯病については他剤との体系処理で防除が可能であるが、イネ褐条病については細菌病であるにも関わらず効果が劣る場合があり、本病が多発する地域では注意が必要と考えている。また、モミゲンキ水和剤の成分はあくまで生菌であり、保存性に欠ける一面を持っている。大規模な消毒をする場合以外は、小袋で購入するなどの注意が必要である。また、他剤との体系防除では微生物の活性を失わせないために乳剤など有機溶媒の入った剤の使用は避けた方がよい。
モミゲンキ水和剤は、まだ生まれたばかりの新しいタイプの種子消毒剤であり、発病抑制のメカニズムなどについては、現在も研究が行なわれている。利用方法についても、種子消毒だけでなく散布剤としての検討も計画されている。
モミゲンキ水和剤の開発に尽力された多くの方々に感謝するとともに、今後、本剤が微生物剤としての特徴を理解された上で使用され、農業に役立つことを願っている。また、開発の経緯から言えば、本剤が環境保全型の防除にあたって活用される場面があれば、これ以上うれしいことはない。
(山口県農業試験場(元中国農業試験場))
引用文献
1.井上博喜ら(2000):日植病報66:188,304
2.宮川久義(2001):「シンポジウム種子消毒をめぐる諸問題と今後の展開」講演要旨集,日本植物防疫協会,39~49
3.奥田充ら(1999):バイオコントロール研究会レポート6:56~60
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