はじめに
わが国の施設トマト、ナスの花粉媒介者(ポリネーター)としてマルハナバチが利用されるようになってちょうど10年が経過した。この間、マルハナバチの利用技術は大きく進歩し、特にトマト、ミニトマトへの利用には、マルハナバチのコロニーが導入されていない都道府県はない(光畑、2000)。また、数年前から各ナス産地におけるマルハナバチの利用が本格化し、国内における年間のマルハナバチの利用群数は右肩上がりに増加していると推定される。加えて、マルハナバチを施設内に導入することにより、利用期間中の化学農薬の使用が制限されることから、天敵昆虫や拮抗微生物といったいわゆる生物農薬を使用した減農薬栽培の取り掛かり、火付け役的な役割も果たしているように思われる。
マルハナバチを導入することで得られる効果は、本来の目的だけではなく大きな相乗効果を生んでいると言える。ここでは、マルハナバチを導入することで高い効果が得られると思われる作物を、施設トマトやナス以上の更なるマルハナバチ利用の可能性としてご紹介したい。
キュウリでのマルハナバチ導入効果
現在、国内で栽培されているキュウリは単為結果性の品種がほとんどで、その結実にはポリネーターを必要としない。そのため、トマトやナスのようなホルモン処理などの受粉作業における労働力は、はじめから発生しない。しかし近年、施設の抑制キュウリ栽培において省力化目的とは別にミツバチやマルハナバチなどのポリネーターを導入する産地の情報が寄せられるようになってきた。抑制キュウリの栽培は生育初期の高温などの影響もあり、木が栄養成長に偏ることが知られている。このため、花が結実することなく“流れ”たり、果実が先端に向かうほど細くなる、いわゆる“しりこけ”などの症状が見られ、収量や秀品率の低下に繋がっている。これらの対策として、神奈川や福島などの抑制キュウリ産地では、本来キュウリ栽培には必要とされなかったポリネーターの導入が積極的に進められている。
今回、JA宮崎中央南宮崎統括支店管内において同様に抑制キュウリでのマルハナバチ利用を検討し、2001年10月よりクロマルハナバチ(ナチュポール・ブラック)を23aのハウスに2群導入し試験を開始した。また、コントロール区(慣行区)として併設の29aのハウスは慣行の栽培方法にて、10月24日より11月24日の1ヵ月間の収量および秀品率を調査した。品種は埼玉原種育成会のエクセレント14を用いた。
結果として、神奈川や福島でも報告されたように栽培初期の“しりこけ”などが減少し、慣行区との秀品率には大きな差が見られた(第1図)。ただし、秀品率の差は1週間ほどで減少しその後両区の間には優位な差は見られなくなった。しかし、“流れ”などによる収量の減少対策には大きな効果が得られ、調査期間の1ヵ月間におけるマルハナバチ導入区では慣行区よりも10a当り34%の増収が認められた(第1表)。なお、過去においてポリネーターが受粉することで発生すると噂された、“曲がり”や“しり太り”といった症状は認められなかった(第2図-d)。
最終的に12月31日までの計測した両区の収量差は3tとなり、10a当りに換算すると1.8t程度の増収になったことになる。今回の試験では、調査期間以降もマルハナバチを導入しつづけたため、収量の増加が加算されつづけたと推測されるが、試験を実施していただいた生産者によれば栽培期間の初期だけではなく中盤から後半もマルハナバチを導入しつづける場合には、灌水や施肥などの栽培管理に工夫をし、樹勢を強く維持する必要があるのではないかとのことであった。
加えて、トマト、ナス圃場では、ほとんど見られない雄蜂のキュウリの花への訪花が確認され、働き蜂だけでなく雄蜂も有効なポリネーターとして機能しているものと考えらた(第2図-a、b)。また、マルハナバチの働き蜂がトマトやナスに訪花し、振動採粉(バズフォレージング)することで葯部に確認される“バイトマーク”は、キュウリ花においては確認できなかった。しかし、マルハナバチの働き蜂、雄蜂が訪花した結果、花弁に着いたと考えられる“爪あと”が確認され、キュウリにおけるマルハナバチ活動確認の一助になるものと思われる(第2図-c)。
▲第1図 マルハナバチによる花粉媒介がキュウリの品質に与える影響
試験区
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秀品率平均(%)
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総収量(㎏)
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反収(㎏)
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慣行ハウス(29a)
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64.9±19.5
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7,575.0
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2,612.0
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導入ハウス(23a)
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67.9±9.9
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8,057.7
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3,503.3
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管内平均
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67.0±7.2
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▲第1表 キュウリにおけるマルハナバチの導入効果(10月24日~11月24日)
▲第2図 キュウリにおけるマルハナバチの導入状況
a:マルハナバチの働き蜂、b:同雄、c:花弁についた爪あと、d:収穫されたキュウリ
ネットで囲えば果樹でも
今回の試験において、本来不必要とされていたキュウリにおいて、マルハナバチ導入が秀品率の上昇や収量の増加に効果があることが示唆されたが、受粉作業そのものに多くの労働力や時間を割いている生産物はまだまだあるはずである。その代表が日本ナシではないかと思われる。
日本ナシでは、受粉および摘果作業が年間労働時間の約26%を占める(福元、2001)。今回、栃木県祖母井の幸水・豊水の100haほどの栽培産地においてクロマルハナバチの放飼試験を2002年4月5日から同月20日に実施し、良好なデータを得ることができた。この産地はこれまで予備的にセイヨウミツバチを放飼してきたものの、手による人工受粉を行なっている。また、この産地では防虫、防雹の目的で目合いが4mm目程度のネットが用意されており、本来は花後に天井面まで展張するタイミングを早めて圃場被覆した上で試験を行なった(第3図)。本試験では40aの豊水に4群を放飼した。同圃場内ではマルハナバチの訪花のみに頼る木と手交配との併用の2区に分け、その着果率を比較した。結果としては、併用区で着果率が80%を超え、マルハナバチ区が60%という値を示した。マルハナバチのみでも十分に生産者がその活動に満足したという回答が得られる結果であった(第3図)。
なお、2001年4月には熊本県清和村でも豊水と幸水においてマルハナバチによる交配試験が行ななわれ、着果率が豊水で75.6%、幸水で62.1%と高い効果を示す結果が得られている(寺田、2002)。
▲第3図 ネットを利用してナシ園へマルハナバチを導入(円内は幼果の着生状況)
マルハナバチ利用の広がる可能性
今回はキュウリと日本ナシに焦点を絞り述べてきたが、施設や圃場をネットで囲み、以下の点に留意しながらマルハナバチを利用すれば、熊本、宮崎のホオズキ、千葉のシシトウなど、利用作物の範囲はさらに広がるものと考える。
最後に、マルハナバチの導入に際して、導入作物を問わず準備、確認すべき項目を、マルハナバチ普及会が作成したリストから抜粋して以下に記す。
* 稔性のある花粉を放出する花が十分に咲いている(見込みがある)こと。
* ハウス換気部にハチ逃亡防止のネット(4mm目以下)が展張してあること。
* 農薬の残効,展張フィルム(紫外線カットフィルム)の特性が蜂に影響が無いこと。
* 施設内の温度・湿度がハチにとり適正であること(日よけ,地下埋設などの準備が出来ていること)。
* 準備してある設置場所に移動し,最低3~4時間,出来れば翌朝まで静置する。
* 巣門の開放は可能なかぎり早朝に行なう。
* 使用後の巣箱は焼却もしくは廃棄処分すること。
(アリスタライフサイエンス株式会社 アグロフロンティア部)
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