1.はじめに
砂糖の原料であるテンサイは、コムギ、バレイショ、マメ類などとともに北海道の畑作における基幹作物の一つである。栽培面積は約69,000haで、年間60万t前後の砂糖が生産される。
テンサイ褐斑病は、テンサイの最重要病害のひとつであり、少程度の発生でも根重および根中糖分が低下する。現在、褐斑病の防除はトリアゾール系のDMI(Demethylation
Inhibitor;14位脱メチル化反応阻害剤)を中心に輪番防除の体系が組まれており、平均的な散布回数は年間4回で、そのうちDMIは約2回使用されている。
薬剤防除をしているにもかかわらず、褐斑病は毎年栽培面積の約4割で発生が認められており、最近では2000年に全道的に多発し、栽培面積の約8割で発生が認められ、根重および根中糖分を大きく低下させたことが記憶に新しい。
ここでは、1996年から2001年までの6ヵ年にわたって実施した試験をもとに、ホクガード乳剤を用いた防除体系のテンサイ褐斑病に対する防除効果と、収量への影響について述べたい。
2.防除試験の実施概要
1996年から2001年まで、北海道帯広市に設置した圃場(4年輪作)において、ホクガード乳剤のテンサイ褐斑病に対する防除効果について検討した。いずれの試験年次においても、乱塊法4反復で試験を実施し、7月下旬から9月上旬まで、約2週間間隔で4回の薬剤散布を行なった。供試薬剤はホクガード(テトラコナゾール15%)乳剤、ジフェノコナゾール25%乳剤およびマンゼブ75%水和剤の3剤を用い、DMI処理区はマンゼブ水和剤との輪番防除(第2回散布と第4回散布がDMI)とし、マンゼブ処理区は4回連続で散布した。希釈倍数はホクガード乳剤1,500倍、ジフェノコナゾール乳剤3,000倍、マンゼブ水和剤500倍とし、散布水量は100L/10aとした。発病程度について、9月末に北海道法の指数0~5により調査した。根重および根中糖分については、10月中~下旬に調査した。
3.ホクガード乳剤の防除効果
▲第1図 各薬剤処理のテンサイ褐斑病に対する防除効果
区別
|
発病程度
|
根重(t/ha)
|
根中糖度(%)
|
ホクガード乳剤
|
0.23
|
62.1
|
17.36
|
ジフェノコナゾール乳剤
|
0.29
|
60.7
|
17.36
|
マンゼブ水和剤
|
0.82
|
60.0
|
17.35
|
無処理
|
2.63
|
57.9
|
16.91
|
L.S.D.5%
|
0.49
|
2.2
|
0.29
|
▲第1表 各薬剤処理のテンサイ褐斑病防除効果と収量への影響(1996~2001年の平均)
第1図に、年次ごとの各処理区の褐斑病発病程度を示した。ホクガード処理区の発病指数は、いずれの試験年次においても無処理と比較して顕著に低く、高い防除効果が認められ、多発年であっても発病程度は0.5以下に抑制されていた。
第1表に示したように、6ヵ年の平均値の比較において、ホクガード処理区の発病程度は0.23であり、無処理区(2.63)およびマンゼブ処理区(0.82)と比較して5%水準で有意に低かった。なお、同系のジフェノコナゾール乳剤(0.29)との比較においては、ホクガード乳剤の防除効果はほぼ同等と考えられる。
4.ホクガード乳剤の収量への影響
▲第2図 各薬剤処理区におけるテンサイの根重
▲第3図 各薬剤処理区におけるテンサイの根中糖分
年次ごとの各処理区の根重を第2図、根中糖分を第3図に示した。
ホクガード処理区の根重は、発病の多少にかかわらず無処理区と比較して明らかに高かった。同系のジフェノコナゾール乳剤との比較においても、ホクガード処理区の根重は同等かやや高い傾向が認められた。
根中糖分は、特に発病が多かった年に無処理区での低下が大きかった。薬剤処理区間では根中糖分に差は認められなかった。
第1表に示したように、薬剤処理区における根重および根中糖分の6ヵ年の平均値は、ともに無処理と比較して高く、中でもホクガード処理区の根重は62.1t/haであり、他薬剤と比較して5%水準で有意差はないものの、処理区中もっとも高かった。
5.ホクガード乳剤の効果的な使用時期
▲第4図 褐斑病多発年におけるホクガード処理区と無処理区の発病推移(2000年)
(注)H:ホクガード、C:無処理 図中の矢印は薬剤散布日を示す(青:マンゼブ、赤:ホクガード)
褐斑病多発年の防除実例として、第4図に2000年におけるホクガード処理区および無処理区の発病推移を示した。褐斑病の主な伝染源は前年の罹病茎葉であり、7月中旬頃から初発が認められる。葉に形成された病斑中に大量の分生胞子が生産され、これが風で飛散し、二次感染することにより、圃場内に広がっていく。したがって、無防除の圃場においては7月下旬から8月中旬頃にかけて発病株率が急激に増加し、発病程度はやや遅れて8月下旬から9月中旬にかけて増加する。
これらのことから、発病株率の増加時期と、発病程度の増加時期の二つの時期に、防除効果が高く残効の長い薬剤を散布することが、褐斑病の防除のポイントであるといえる。具体的に、平均的な4回散布で考えると、2回目と4回目(最終防除)の散布時期がこの時期にあたり、両時期で確実にホクガード乳剤をはじめとするDMIを使用することが重要である。
6.ホクガード乳剤の根重に対する影響
本試験の結果、ホクガード処理区で根重の値が高くなる傾向が認められた。この要因としては、第一に褐斑病の発病が抑制されたことにより、結果的に根重の低下が回避されたことが挙げられ、事実上この影響が最も大きかったと考えられる。一方、一部のDMIでは、エルゴステロール生合成阻害を示すとともに、高等植物のジベレリン生合成の反応を阻害することが確認されており、作物によっては収量への影響も指摘されている。
防除効果が同程度であると考えられた同系のジフェノコナゾール乳剤との比較においても、ホクガード処理区で根重がやや高くなる傾向が認められたことから、ホクガード乳剤が植物成長調節剤のように作用している可能性も考えられる。なお、ジベレリン生合成が阻害された作物では、葉色の濃緑化や縮葉気味となる症状が認められるが、ホクガード乳剤の処理によるこのような症状は認められなかった。
7.おわりに
以上述べてきたように、ホクガード乳剤は現在使用されているDMIのなかでも防除効果が高く、持続期間が長い薬剤であり、適切な時期に使用することにより、多発条件下であっても褐斑病の発病を抑制することが可能である。さらに本試験により、本剤による病害の抑制が収量の増加につながることも確認された。
ホクガード乳剤は今後も輪番防除の中心として使用されていくと思われるが、過度に使用したときには耐性菌の発生が懸念される。テンサイでは、本剤を含めたDMIに対する耐性菌の出現により、圃場における薬剤の防除効果が低下した事例は報告されていないが、DMIを多用した圃場において、現行使用濃度での防除で問題がないレベルではあるものの、褐斑病菌のDMIに対する感受性が低下した事例は認められている。
今後耐性菌の出現を未然に防ぐためにもDMIの連続散布は避ける必要があるものと考える。
▲①テンサイ(砂糖大根、ビート)
▲②広大なテンサイの圃場
▲③褐斑病が多発した圃場
▲④褐斑病の病徴
▲⑤病斑に形成された褐斑病菌の分生胞子
(日本甜菜製糖株式会社札幌支社)
|